民事信託の受託者の権利を福岡の弁護士が優しく解説

受託者は、信託財産の名義人として信託財産を管理・処分し、信託の目的を実現する中心的な役割を担います。そのため、信託法は受託者に一定の権限を付与するとともに、信託事務を円滑に遂行するための費用請求権や報酬請求権についても規定しています。

もっとも、受託者は自己の利益のためではなく、あくまで信託目的及び受益者の利益のために権限を行使しなければなりません。そのため、信託法は権限濫用を防止するためのルールも併せて設けています。

  1. 受託者の権限(信託法26条)
    1-1. 受託者の包括的な権限
    1-2. 信託行為による権限の制限
  2. 受託者が権限外の行為をした場合(信託法27条)
    2-1. 登記できない信託財産(信託法27条1項)
    2-2. 登記できる信託財産(信託法27条2項)
  3. 費用請求権(信託法48条)
    3-1. 費用償還請求権(48条1項)
    3-2. 費用前払請求権(48条2項)
    3-3. 受益者の固有財産からの支払(48条5項)
  4. 受託者の報酬(信託法54条)
  5. 信例・学説の補足

1. 受託者の権限(信託法26条)

1_1. 受託者の包括的な権限

受託者は、信託財産に属する財産の管理、処分及びその他信託の目的の達成のために必要な行為をする権限を有します(信託法26条本文)。

これは、信託財産の所有名義が受託者へ移転する以上、信託目的を実現するために必要な法律行為・事実行為を受託者が行えるようにするためです。

例えば、次のような行為が含まれます。

  • 不動産の管理・修繕
  • 賃貸借契約の締結、更新及び解除
  • 建物の建替えや解体
  • 信託財産の売却
  • 預貯金の管理
  • 税金・管理費等の支払い
  • 信託財産に関する訴訟の提起・応訴

【実務上のポイント】
信託法26条は受託者に包括的な権限を認めていますが、その範囲は「信託の目的の達成に必要な行為」に限られます。
したがって、受託者は名義人であっても、自己の利益のために信託財産を処分したり、信託目的と無関係な投資を行ったりすることは許されません。
これは受託者の忠実義務(信託法30条)及び善管注意義務(信託法29条)の具体的な現れでもあります。

2. 受託者が権限外の行為をした場合(信託法27条)

受託者が信託契約で定められた権限を超えて行為をした場合には、一定の場合に受益者はその法律行為を取り消すことができます。

2_1. 登記できない信託財産(信託法27条1項)

次の要件を満たす場合に取消しが認められます。

  • 相手方が、その財産が信託財産であることを知っていたこと
  • 相手方が、権限外の行為であることについて悪意(知っている)又は善意重大過失(知らないが、少しの注意を払えば知ることができた)であること

2_2. 登記できる信託財産(信託法27条2項)

不動産などについては、さらに次のの要件を満たすことが必要です。

  • 権限制限が登記されていること
  • 相手方が権限外について悪意(知っている)又は善意重大過失(知らないが、少しの注意を払えば知ることができた)であること

【信託法27条の立法趣旨】
信託法27条は、受益者保護と取引安全の調和を目的としています。
特に不動産については、登記制度によって第三者が権限制限を確認できるため、登記されていない制限までは第三者に主張できないものとされています。

【実務上のポイント】
民事信託では「売却には受益者の同意を要する」と契約書だけで定め、信託目録には反映させていないケースも見受けられます。
しかし、第三者との関係では、契約書の内容だけでは保護されない場合があります。
そのため、不動産について権限制限を第三者へ対抗する必要がある場合には、信託登記の内容まで含めて検討することが重要です。

3. 費用請求権(信託法48条)

受託者は、信託事務を遂行するために必要な費用について、信託財産から支払いを受けることができます。

3_1. 費用償還請求権(48条1項)

受託者は、信託事務のために支出した費用について、信託財産から償還を受けることができます。

3_2. 費用前払請求権(48条2項)

必要となる費用について、受託者はあらかじめ信託財産から前払いを受けることができます。

3_3. 受益者の固有財産からの支払(48条5項)

受託者と受益者が合意した場合には、受益者自身の財産から費用の償還又は前払いを受けることもできます。

【実務上のポイント】
民事信託では「固定資産税」「修繕費」「火災保険料」「司法書士」「税理士」「弁護士報酬」「訴訟費用」などが継続的に発生します。
特に民事信託では、信託財産に十分な現金がないケースも少なくありません。
契約書では、以下のような項目までまで定めておくことが、紛争予防の観点から重要です。

  • どの費用を信託財産から支出するか
  • 不足した場合は誰が立替えるか
  • 後日どのように精算するか

4. 受託者の報酬(信託法54条)

信託法では、受託者は原則として無報酬とされています(信託法54条)。
例外として、次の場合には報酬請求権が認められます。

  • 商法512条が適用される場合
  • 信託行為で報酬を定めた場合

【信託法54条の立法趣旨】
家族間の信託では、親族が無償で財産管理を引き受けることも多いことから、信託法は無報酬を原則としています。
もっとも、専門家受託者や長期間にわたり複雑な財産管理を行う場合には、契約で報酬を定めることが一般的です。

【実務上のポイント】
近年の民事信託では、受託者の業務は長期間に及ぶことが少なくありません。
報酬を定めないまま開始すると、後に受託者の負担が大きくなり、親族間でトラブルとなることがあります。

そのため、実務では「月額固定」「年額固定」「賃料収入の一定割合」「売却時のみ成功報酬」
など、受託者の業務内容に応じた報酬体系を契約書で明確に定める例が多く見られます。

5. 判例・学説の補足

受託者の権限(信託法26条・27条)については、現時点で実務上の指針となる最高裁判例は多くありません。そのため、裁判例よりも、平成18年信託法改正の立法趣旨、法務省の立案資料、学説による解釈が実務上重要な意味を持ちます。

また、不動産を対象とする民事信託では、信託契約の内容と信託登記の内容を整合させることが、第三者対抗要件や紛争予防の観点から極めて重要であると考えられています。