民事信託は、将来の財産管理や承継を円滑に行うための制度です。
もっとも「信託はどのように始めるのか?」「契約書には何を書けばよいのか?」と疑問に思われる方も多いでしょう。
ここでは、信託の開始方法、信託契約書に定めておくことが望ましい事項について、信託法の条文もまじえながら分かりやすく解説します。
- 信託はどのように始まるのか
- 受益者は承諾しなくても信託は成立する
- 信託契約書で定めておきたい主な事項
3-1. 受益権の内容
3-2. 受託者が行う信託事務
3-3. 受託者の権限の範囲
3-4. 第三者への事務委託
3-5. 信託口口座の開設
3-6. 金銭の保管方法
3-7. 帳簿の作成・保存と報告
3-8. 受託者・信託監督人の報酬
3-9. 後継受託者
3-10. 受益権の譲渡・質入れの制限
3-11. 信託監督人
3-12. 委託者の権利
3-13. 信託の変更
3-14. 委託者の地位の承継
3-15. 信託の終了事由
3-16. 信託終了後に財産を取得する人(帰属権利者)
3-17. 信託財産の追加 - 信託の目的はできるだけ具体的に定める
- 信信託財産目録は必ず作成する
1. 信託はどのように始まるのか
信託は、信託法3条で定められた方法によって開始します。
信託法3条(信託行為)
信託は、次のいずれかの方法で設定されます。
- 第1号 契約(信託契約)
- 第2号 遺言
- 第3号 信託宣言
実務では、委託者(財産を託す人)と受託者(財産を管理する人)が契約を結ぶ信託契約によって始めるケースが多いと思われます。
2. 受益者は承諾しなくても信託は成立する
民事信託では「受益者(信託財産から利益を受ける人)の承諾がなければ信託が成立しないのではないか?」と考える方もいらっしゃいます。
しかし、信託法ではそのような仕組みにはなっていません。
信託は、民法上の「第三者のためにする契約」に近い性質を持ちますが、受益者が受益する意思表示をしなくても、当然に受益権を取得します。
信託法88条では「受益者は、信託の効力が生じた時に受益権を取得する。」となっています。
もっとも、同条ただし書により、信託契約で別段の定めを置くことができます。
そのため「受益者が受益する意思表示をしたときに初めて受益権を取得する」という内容を契約で定めることも可能です。
3. 信託契約書で定めておきたい主な事項
民事信託では、多くの場合、信託契約によって信託を開始します。
信託法には任意規定も多く、契約で内容を定めることができる事項が数多くあります。
ここでは、信託契約書に、定めておくことが望ましいものを紹介します。
ただし、ここに紹介する条項だけで十分、という趣旨ではございません。
実際に信託契約書を作るときは、弁護士にご相談ください。
3_1. 受益権の内容
受益者がどのような利益を受けられるのかを具体的に定めます。
例えば、以下のように受益権の内容を明確にしておくことが重要です。
- 信託財産が生み出す収益を受け取る権利
- 信託財産の元本を受け取る権利
- 信託財産から、生活費として定期的に給付を受ける権利
3_2. 受託者が行う信託事務
受託者が具体的にどのような業務を行うのかを明確にします。
信託財産ごとに「管理」「運用」「売却・処分」などについて、できるだけ具体的に定めておくことが望ましいでしょう。
3_3. 受託者の権限の範囲
信託法26条本文では「受託者は、信託財産の管理、処分その他信託の目的達成に必要な行為をする権限を有する」とされています。
一方で、同条ただし書により、信託契約で権限を制限することもできます。
例えば、以下のように、必要に応じて受託者の権限を限定することが考えられます。
- 不動産の売却には同意が必要
- 一定額以上の支出は制限する
3_4. 第三者への事務委託
旧信託法では、受託者に自己執行義務が課せられていたが、改正により、第三者への委託が可能となりました
信託法28条では、以下の場合に委託ができるとされています。
1号 第三者に委託することができる旨の定めがあるとき
2号 定めがないときは、委託が信託目的に照らす相当であるとき
3号 委託を禁止する定めがあるときは、信託の目的に照らしやむを得ない事情があるとき
第三者への委託は全面的に禁止するのか、禁止はしないとして、どこまで第三者への委託を認めるかについても契約で定めておくと安心です。
3_5. 信託口口座の開設
信託法34条1項は、受託者が、自分の財産と信託財産を分別して管理するよう定めています。
預金の管理方法は、同項2号ロに定めがあり、受託者による「計算を明らかにする方法」による分決管理を求めていますが、信託口口座の開設までは義務付けていません。
もっとも、実務では信託財産を明確に区別するため、信託口口座を開設することを契約で義務付けておくことが望ましいでしょう。
3_6. 金銭の保管方法
信託法34条1項2号ロは、受託者による「計算を明らかにする方法」による分決管理を求めています。
信託契約書では、信託財産と受託者個人の財産が混在しないよう、外形上も区別できる方法で保管することを契約で定めておくことが望ましいと考えられます。
3_7. 帳簿の作成・保存と報告
信託法37条・38条では、受託者が、信託財産を管理する上で「帳簿の作成」「帳簿の保存」「帳簿の閲覧請求」などが定められています。
さらに、信託法37条2項では財産状況開示資料の作成が求められていますが、どのような書類を作るかは細かく定められておらず、以下の幅広い規定になっています。これは、信託の種類によって必要となる書類が異なるためです。
- 貸借対照表(BS)
- 損益計算書(PL)
- その他法務省令(信託計算規則4条3項)で定める書類
実務上、一般的な財産管理を目的とする民事信託では、成年後見実務でも用いられている「財産目録」「収支計算書」を作成することが多く、契約書にも作成すべき書類を定めておくことが望ましいでしょう。
また、信託法37条3項では、財産状況開示資料の報告先は受益者のみとされています。
そのため、信託監督人にも報告することを契約で定めることが実務上はよく行われます。
3_8. 受託者・信託監督人の報酬
信託法54条4項では、民法648条2項(報酬後払い)、同条3項(中途終了の場合の割合的支払)が準用されています。
そのため、随時支払ってもらいたい場合は、以下の項目を契約書で明確に定めておくことが望ましいでしょう。
- 報酬の金額
- 支払時期
- 支払方法
なお、子供が親の財産を管理するために、信託契約書を締結した場合は、受託者(子供)は無報酬とすると定めることもあります。
3_9. 後継受託者
信託法131条では信託監督人について定められています。
実務では、金融機関によっては信託監督人を置くことを信託口口座開設の条件としている場合があります。
また、信託監督人の報酬は、信託法54条4項が民法648条2項(報酬後払い)、同条3項(中途終了の場合の割合的支払)を準用しているので、報酬についても契約書で定めておくことが望ましいでしょう。
さらに、信託法134条1項は57条1項ただし書(受託者の辞任の条項)を準用しており、信託監督人が辞任するには受託者と受益者の同意が必要になっていますが、別段の定めを置くことができます(57条1項但書)。
例えば、委託者や受益者が認知症となる可能性を考慮して「受託者の事前の同意に基づき辞任できる」といった条項を設けることもあります。
3_10. 受益権の譲渡・質入れの制限
受益権については、譲渡(93条1項)、質入れ(96条1項)は原則自由です。
そのため、譲渡禁止(信託法93条2項)、質入れ禁止(信託法96条2項)を契約で定める必要がある場合もあります。
3_11. 信託監督人
信託法131条では信託監督人について定められています。
実務では、金融機関によっては信託監督人を置くことを信託口口座開設の条件としている場合があります。
また、信託監督人の報酬は、信託法54条4項が民法648条2項(報酬後払い)、同条3項(中途終了の場合の割合的支払)を準用しているので、報酬についても契約書で定めておくことが望ましいでしょう。
さらに、信託法134条1項は57条1項ただし書(受託者の辞任の条項)を準用しており、信託監督人が辞任するには受託者と受益者の同意が必要になっていますが、別段の定めを置くことができます(57条1項但書)。
例えば、委託者や受益者が認知症となる可能性を考慮して「受託者の事前の同意に基づき辞任できる」といった条項を設けることもあります。
3_12. 委託者の権利
信託法145条では、委託者に一定の権利を付与したり、逆に排除したりすることができます。
もっとも、自益信託では委託者と受益者が同一人であることが多く、受益者として権利を行使できるため、必ずしも特別な定めが必要とは限りません。
3_13. 信託の変更
信託法149条では、信託の変更について定められています。
民事信託は長期間継続することも多く、将来の事情をすべて予測することは困難です。
そのため、以下の項目をを契約で定めておくことが望ましいでしょう。
- 誰の同意で変更できるのか
- どのような場合に変更できるのか
例えば「受託者と信託監督人の合意」「委託者・受益者・受託者の合意」など、事案に応じた設計が考えられます。
なお、信託法149条2項2号では「信託の目的に反せず、受益者の利益に適合する場合」には、受託者と受託者の合意のみで変更できる旨が定められています。
3_14. 委託者の地位の承継
契約による信託では、信託法147条(遺言による信託においては、委託者の地位は相続されない)の反対解釈により、委託者の地位は相続人に承継されると考えられています。
そのため、委託者死亡後はその地位を相続させない場合には、その旨を契約で定めておくことが考えられます。
3_15. 信託の終了事由
信託法163条では信託終了事由が定められています。
もっとも、受益者の死亡は法定の終了事由ではありません。
そのため、財産管理を目的とする信託では「受益者が死亡したときに信託を終了する」という条項を設けることがよくあります。
3_16. 信託終了後に財産を取得する人(帰属権利者)
信託法182条1項2号では、信託終了後に信託財産を取得する人(帰属権利者)を定めることができます。これは非常に重要な条項です。
契約で定めがない場合には、信託法182条2項により、委託者の相続人が帰属権利者となるため、意図しない財産承継となる可能性があります。
そのため、帰属権利者は必ず契約書で定めておくべき事項といえるでしょう。
3_17. 信託財産の追加
信託法には、信託開始後に信託財産を追加する手続について明文の規定はありません。
もっとも、実務上は、以下の場合には、、信託開始後に新たな財産を信託財産へ追加することが可能と考えられています。
- 信託契約に追加を認める条項がある場合
- 委託者と受託者が追加について合意した場合
4. 信託の目的はできるだけ具体的に定める
信託の目的は、信託契約の中でも特に重要な事項です。
それは以下の理由からです。
- 信託法26条では、受託者の権限は信託の目的によって画されるとされていること
- 信託法163条1号では、信託目的が達成されたことが信託終了事由の一つとなっていること
そのため「何のために信託を設定するのか」をできるだけ具体的に記載することが重要です。
5. 信託財産目録は必ず作成する
最後に、信託契約では信託財産目録を作成し、どの財産を信託財産とするのかを明確にしておくことが重要です。
信託財産を明確にしておくことで、受託者による適切な管理、信託終了時の財産の引渡しも円滑に行うことができます。