夫Fさんと妻Mさん夫婦はいわゆる資産家で、それぞれの名義のマンションをFさんは2つ、Mさんは1つ持っていた。
子供は太郎と次郎の二人。太郎は、父であるFさんからマンションBを、次郎は母MさんからマンションAをそれぞれに生前贈与されている。
その後、父Fさんが死去。その際に遺産分割協議はせず、その後に母であるMさんも死去した。結果的に3つあったマンションのうち1つが父Fさん名義のままとなっており、どう分けるかで、太郎と次郎の間で、遺産争いが勃発した。
事例の単純化のため、それぞれのマンション価値は同程度。他の財産はなかったと仮定します。

【解説】
太郎の主張は、父Fさんと母Mさんの財産であるマンションは、全体として考えて、3つあった。それぞれ、太郎と次郎が生前に1つずつもらったので、残りの1つは売って、それを半々で分けるべきというもの。
一方、次郎の主張は、父Fさんの資産は、マンションBとCの2つあった。Fさんの財産を平等に分けるなら、太郎と次郎が一つずつになるはずである。太郎は、すでに父Fさんから生前贈与としてマンションBを受け取っているのだから、残っているマンションCは全部二郎がもらえるはずだ。つまり、Fの遺産をわけるときに、Mの財産については、考慮すべきではない、関係ない、と言っている訳です。
さて、どちらが正しいでしょうか。
父が死亡し、父の遺産分割未了の間に、母が死亡した場合の相続のことを再転相続といいます。
母であるMさんの相続人(この場合は、太郎と次郎)を、再転相続人と言い、Mさんを被再転相続人といいます。
太郎も次郎も生前贈与を受けていない場合は、父Fさんのマンション2つと、母Mさんのマンション1つがそのままFさんとMさんの名義のまま残っているので、これを平等に分ければよく、父Fさんの遺産であるマンションBとCを太郎と次郎が半々で分け(例えば太郎が一つ、次郎が一つもらう)、母Mさんの遺産であるマンションAも、太郎と次郎が半々で分ける(例えば、売って平等に分ける)といった内容になります。これならば、太郎と次郎のいずれも不満はなかったでしょう。
しかし、今回は生前贈与を受けているので話がややこしくなってしまいました。
父Fさんが死亡した時、母Mさんはまだ生きており、Mさんも夫であるFさんの相続人であることがポイントになります。
Mさんの財産であるマンションAはすでに次郎に生前贈与されているわけですから、Mさんが死亡時した時には、すでにMさんの遺産はありません。従って、Mさんの遺産を分割する余地はなく、Fさんの遺産分割のみすることになります。すると、理論上、Fさんの財産は、マンション2つですから、これを太郎が生前に一つもらっている(特別受益)以上、残り一つは次郎が全部もらえる、ということになりそうにも思えます。
しかし、最高裁判所の判決(H17.10.11)の考え方はそうではありませんでした。
最高裁の考えはこうです。
Fさんが死亡した時、たとえFさん名義のマンションを分けていなかったとしても、妻であるMさんは、夫であるFさんが死亡した時点で、Fさん名義のマンションの2分の1を相続している。したがって、その後、Mさんが死亡して、FさんとMさんの遺産分割をするときは、Fさん名義のマンションの2分の1は妻Mさんが所有しているとみなし、これがMさんの遺産分割の対象となるというものです。
つまり、Mさんが死亡した時に、Fさん名義のマンションの2分の1は、妻であるMの財産とみられるので、これを太郎と次郎が平等で分けることになります。Mさんの財産は、次郎に生前贈与したマンションAを含めて、マンションA1個+マンションCの2分の1個ということになります。次郎はすでにMさんからマンション1個を生前贈与でもらっているので、Mさんの遺産の半分以上をもらっていることになり、それ以上もらえません。よって、太郎が、Fさん名義のマンションCのうちMの持ち分である2分の1個をすべてもらえる。
一方、Fさんの遺産は、Fさん名義のマンションBとCのうち、妻Mさんの遺産となっていない残り2分の1である。これを太郎と次郎が遺産分割する場合、太郎はすでにFからマンションBを生前贈与されています。つまり、Fさんの財産であるマンション1個+2分の1個のうち半分を超える遺産をもらっているので、次郎が、Fさんの遺産であるFさん名義のマンションのうちの2分の1個をすべてもらえるという内容です。
結果的には、Fさん名義のままとなっていたマンションCは、太郎と次郎が半分ずつもらえる。つまり、売って半々に分けるといっている、太郎が正しいということになります。
実は、最高裁H17.10.11の原審である大阪高裁は、次郎の説をとっていました。
次郎の主張していた、「父Fさんが亡くなった時点で、Fさんの遺産分割をせず、遺産がFさん名義のままだった場合は、Mさんには遺産がないと考える(MさんのFさんの財産に対する法定相続分2分の1はMさんの遺産とはみなさないという考え方)」を非遺産説といいます。
最高裁は、この非遺産説をひっくり返し、MさんのFさんの遺産に対する抽象的な法定相続分2分の1も遺産であり、これをMさんの遺産として、分けるべきという考え(遺産説)を採用しました。
結果として、Fさんの遺産も、2分の1となり、これも、相続人間で分けることになります。FさんとMさんの遺産を全体として一つとみれば、これが平等な結果です。
そうでないと、たまたま、父から生前贈与を受けた子供と、たまたま母から生前贈与を受けた子供で、不平等が生じてしまうでしょう。
最高裁の考えは、このような不平等を生まない、正しい考えといえるでしょう。