相談者花子さん夫妻は、夫の太郎が所有する郊外の自宅で、ふたりで穏やかに生活している。先日、夫の太郎が交通事故で入院、幸い軽症ですんだが、花子さんは、今後、突然夫の太郎に先立たれてしまった時のことが心配になった。
花子さんの夫の太郎は資産家の息子だが、年の離れた花子さんとの交際は、太郎の両親から猛反対され、駆け落ち同様に結婚したため絶縁状態。花子さんと太郎の間には子どももいないことから、もし、太郎が亡くなれば、義理の両親は、この家から出て行けと言いかねない。夫婦の思い出の家から出て行けとは理不尽だと思うが、太郎の両親の相続分(この場合花子の相続分が3分の2、太郎の父と母の相続分はそれぞれ6分の1)を現金で支払う余裕もない。友人に相談したこところ、最近「配偶者居住権」という制度が出来たと聞いたが、どういう仕組みなのか教えて欲しい。
【解説】
まず、配偶者居住権について簡単に説明します。
Q1.配偶者居住権とはどのような権利ですか
A.
例えば夫が所有する不動産に夫婦で住んでいた場合、夫が死亡しても、妻が無償でその不動産に住み続けることができる権利です。
例えば、夫婦が夫所有の建物に住んでおり、夫が亡くなった場合に、夫が所有していた建物をすべて妻が相続した場合、妻はその建物の全てを所有するので、配偶者居住権を得る必要はありません。
しかし、建物を妻以外の相続人が相続した場合、妻は建物を相続した相続人から出ていくように言われたときに、出ていかなければいけません。このときに、配偶者居住権があれば、出ていかなくても構いません。
また、建物を妻との他の相続人が共同で相続し、共有になった場合、妻は建物の一部を所有しているので、必ずしも出ていかなくても構いません。しかし、他の相続人も建物の一部を所有しているので、賃料相当額の金銭を請求される恐れがあります。配偶者居住権があれば、そのような金銭を請求される恐れはありません。
Q2.なぜ配偶者居住権が創設されたのですか。
A.
一般的に残された配偶者は、住み慣れた家に住み続けたいものです。しかし、相続人は配偶者以外にも、子供や、子供がいない場合は死亡した配偶者の兄弟などがいます。それで、残された配偶者は、家に住み続けたい場合、遺産分割で不動産をもらい他の財産(預貯金等)は他の相続人がもらうといった遺産分割が考えられます。すると、不動産が高額だった場合、残された配偶者は、他の遺産(預貯金等)をもらえないので、生活に困る恐れがあります。それで、不動産の所有権は他の相続人がもらうことにより、他の遺産(預貯金等)を配偶者が取得し、かつ、家にも住み続けられるといった選択ができるようにするために、配偶者居住権が創設されました。
また、例えば夫が妻と死別し(夫と先妻との間に子供Aさんがいたとする。)、別の女性と再婚した場合(夫と後妻との間には子がいなかったとする。)、夫が死亡した後に後妻が不動産に住み続けることができるように後妻に不動産を相続させるといったことが考えられます。しかし、この場合、後妻とA(先妻の子)には、(後妻とAが養子縁組をしていない限り)親子関係がないので、後妻が死亡したら不動産は後妻の相続人、例えば、後妻の兄弟姉妹、にいってしまい、A(先妻の子)は、子供でありながら不動産を相続できないといった不都合が生じます。そこで、不動産の所有権はA(先妻との子)に相続させ、配偶者居住権を後妻に遺贈するといった形で、後妻の居住権を保護しつつ、不動産が後妻の相続人に行ってしまわないようにすることができるようにするため、配偶者居住権が創設されました。
Q3.どのようにしたら配偶者居住権を得られますか
A.
- 居住している不動産を持っている配偶者が、遺言書を書いて、自分がなくなったら、残された配偶者に配偶者居住権を遺贈するという遺言書を書く
- 生前に、不動産を所有する配偶者から他方配偶者への贈与契約をしておく(死亡した時に贈与の効果が発生する死因贈与。)
- 遺言書がなく、死因贈与もしていない場合、他の相続人と話し合って、配偶者が配偶者居住権を取得するという遺産分割をする。
という方法があります。
また、他の相続人との話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所に申し立てれば、家庭裁判所が残された配偶者の利益のために特に必要だと判断すれば、審判で、配偶者居住権を付与してくれる場合があります。
Q4.配偶者居住権を得た場合、遺産分割でどのような影響が出ますか。具体的には、事案における太郎の他の遺産について、もらえる分が減るでしょうか?
A.
配偶者居住権は、一種の遺産で、財産的価値があるとみられます。よって、上記の事案の花子さんが遺贈や死因贈与で配偶者居住権を得た場合、一定の価値がある遺産をすでにもらっている(特別受益)ことになり、それ以外の太郎の遺産を分ける遺産分割の際は、花子は配偶者居住権の価値を引いた分しかもらう権利がありません。遺産分割で配偶者居住権を得た場合も同様に、一定の価値がある遺産をもらうことになりますので、それ以外の太郎の遺産に対して、花子がもらうことができる取り分は減ります。
そうなると、配偶者居住権をいくらとみるかの計算が必要になってきます。配偶者居住権の具体的な金額がわからないと、花子がもらえる遺産がどの程度減るかの計算ができません。配偶者居住権の評価方法の一つとして、(公社)日本不動産鑑定士協会連合会は、居住建物の賃料相当額から配偶者が負担する通常の必要費を控除した価額に存続期間に対応する年金現価率を乗じた価額という考え方を示しています。
Q.では、今回の花子さんの場合、まず、なにをしておくべきでしょうか?
A.
仮に太郎の資産が自宅不動産しかない場合、太郎の両親が相続分を主張したときは、不動産を花子が3分の2、太郎の両親がそれぞれ6分の1でわけることになります。つまり不動産を花子、太郎の両親が共有している状態になります。太郎の両親が不動産の所有権の一部を持っているので、これだと太郎の両親が、家賃相当額の金銭を請求してきたり、共有物の分割請求をしてきたりするおそれがあります。これに対応するためには、太郎に、遺言書を書いてもらい、その中で、花子に配偶者居住権を贈与すると書いておく方法があります。このようにすると、花子は配偶者居住権を得る代わりに、不動産に対する取り分が減ります。不動産及び配偶者居住権の価格をいくらとみるかによりますが、例えばですが、花子が2分の1、太郎の両親が4分の1ずつといった具合に不動産を共有することになります。花子は太郎の両親に賃料を払ったりする必要がありません。ただし、花子は、配偶者居住権を得たことを登記しておくべきです。仮に両親が第三者に不動産の共有持ち分を売った場合は、登記がないと、第三者に配偶者居住権を主張できません。